日本の廃山

日本各地の炭鉱・鉱山について記したい

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立坑櫓についての分類  


鉱山や炭鉱は「斜坑(しゃこう)」による開発が基本であり、「立坑(たてこう)」による開発は後になっての事が多かった。斜坑とは地下に向かって斜めに掘られた坑道の事で、日本の場合はこれが主流であった。
立坑とは地下数百メートルと地上を連絡する「縦の穴」であり、これらを分類するとエレベーターとしての機能を有した「運搬立坑」と空気循環の為に掘られた「通気立坑」に分けられる。日本の炭鉱は1950年頃を境に立坑の建設が相次いだが、これは第二次世界大戦により行われた強制出炭によるものであり。無計画な坑道、乱掘した坑道は支保(トンネルを構成する支え)や安全炭柱(坑道と坑道の間で必要とされる安全区域)が十分に確保されていない問題。またズリによる埋め戻しが行われなかった坑道が存在する事により自然発火の可能性があった事から、それらを避けた結果、日本の炭鉱は地下化が進んでしまったという訳である。
斜坑による地下化が進むと空気循環は悪くなり、地下で発生するメタンガスや一酸化炭素の問題。人が採炭現場である「切羽(きりは)」まで向かう間の移動時間の問題などが発生し、例え8時間労働であってもそのうち3時間は移動に費やされ実働時間が延びなかったなどの問題は多々存在する。
通気立坑は専ら排気用のファンや扇風機などが装備されるが、運搬立坑は前述のように「運搬用の機械」が搭載され。これにより人員や炭車(石炭を積んで運ぶためのトロッコ)、ズリ(石炭を掘った際に出てくる不要な土砂)、機材などが運ばれる。運搬立坑に於いても前述の通気立坑にすることが可能で、排気用のファンや扇風機が搭載されない場合は基本的に入気立坑として位置づけられる。日本の運搬立坑の多くが入気立坑とされ、それとは逆の排気専用の立坑が付近や別の場所に造られる事が多かった。運搬立坑を入気立坑とするものを自然入気式と呼び、後述を強制排気式と呼ぶことが多かった。
また、「たてこう」の表記には『竪坑』と『立坑』。「まきあげ」の表記には『捲揚』と『巻上』が存在する。これは私的な分類であるが、1960年(昭和35年)の北海道三笠市に建設された住友石炭砿業 奔別中央立坑の完成を境に業界紙の表記が大きく変えられている。これは住友奔別中央立坑の会議に於いても石炭合理化政策である「スクラップアンドビルド政策」に対抗すると共に石油産業対抗用のモデルプラントとして石炭産業を立て直すという意味を込め、既存の竪坑表記を排して「立坑」表記を使用したとされている。それ以降の文面では竪坑表記は少なくなり、それ以前では竪坑表記が多く。また捲揚表記もH型竪坑の原点である三井鉱山 田川鉱業所第三坑の伊加利竪坑が1955年(昭和30年)に完成される以前に多用されることが多かった。しかしながら、これらの使い分けは各炭鉱によって異なる事もある為に必ずしもこの限りでは無い。



では、運搬立坑について述べる。
日本の鉱山に於いて運搬立坑には幾つかの種類が存在する。各鉱山や炭鉱によって使用用途や立坑の深度が異なった為に各ヤマによって基本の形状からマイナーチェンジを加える事によって潤滑化を図った結果、それらの派生が多く誕生することになったものである。しかしながら、難しいと思われる立坑櫓の分類は非常に簡単であり。巻上機がどこに据え付けられているのかでまず2つに分類することができる。

・グランドマシン
 巻上機が塔や櫓の外、地上に設置されているもの。

・タワーマシン
 巻上機が塔や櫓の内部、立坑の穴の直上にあるもの。

以上の2種類である。
巻上機にはドラム式とケーペ式の2種類が存在するが、ドラム式はロープを巻き取って使用するもの。ケーペ式は1本のロープで交互に地下と地上を結ぶものである。ドラム式は立坑深度に関係無く使用が可能であるが、ケーペ式は立坑深度が-500mより浅い深度では賞用できない。その為、立坑深度が-350mや-250mの場合はタワーマシンかガイドR型、H型か新H型か多索式立坑を使用しなければならない。


ケーペ式
ケーペ式の簡単なイメージ図。1つのロープで経由する釣瓶式である。

浅い深度でのケーペ式は立坑に装備されている滑車にどれだけロープを巻き付けられるかが争点となる。その中で、後述の一本索のR型やA型では浅い深度の開発では不可能があり、それらを実現する為に初期ではタワーマシンが出現した。ただタワーマシンは大型でコストがかかることからR型を改造したガイドR型が誕生し、その後はH型や新H型、日立PIC型櫓などが生まれていった。


旧二坑斜坑巻上機 500kw
ドラム式の例。(写真は羽幌炭鉱旧二坑斜坑巻上機)

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ケーペ式の例。(写真は住友赤平第一立坑)




これらを見分ける方式として、巻上機にロープを蓄えるものがドラム巻。ロープがただ通っているだけのものがケーペ式と見て良いだろう。国内の炭鉱ではこの2つの巻上方式が多用されたが、戦後からは専らケーペ式が多く採用されることが多かった。ちなみに、動力滑車を「ドラム」または「ケーペプーリー」。無動力滑車を「ヘッドシーブ」または「ガイドシーブ(ガイドR型補助滑車とタワーマシンの場合のみに用いられる)」と呼ぶ。


R型2
ケーペ式R型櫓を例にすると以上の図の通りである。



それでは簡単なグランドマシンとタワーマシンの例を挙げていきたい。


・グランドマシンの例

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住友赤平第一立坑

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北炭空知竪坑

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三菱美唄竪坑(上風坑・下風坑)

この他、住友奔別中央立坑・住友赤平上歌排気竪坑・北炭幌内立坑・布引第一/第二竪坑・三井田川伊田八尺竪坑・貝島菅牟田坑北/中央竪坑などがグランドマシンに分類される。


・タワーマシンの例

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羽幌本坑運搬立坑

龍鳳炭鉱
満州国撫順炭礦 龍鳳東竪坑

この他、国鉄志免竪坑・三井四山第一竪坑などがタワーマシンであった。


日本国内ではタワーマシンが使用される例は稀で、多くの場合がグランドマシンが採用され。タワーマシンは余程な理由が存在しない限りは使用されなかった。ちなみにタワーマシンをワインディングタワーと称する人が居るが、これは間違いであり。タワーマシンの正式名称が「ワインディングタワーマシン」であるものの、当時(1950年代以前)の業界紙が表記として「ワインディングタワー」にするか「タワーマシン」にするかで二分されていた頃に地上設置型という意味を持つ「ワインディング」を排した事により「タワーマシン」として統一されることになった。その為、昔の資料にはワインディングタワーとしていた業界紙が時折目に入る他。当時の技師の中にも頑なにワインディングタワーという表記を好む人も居た。しかし、正式にはタワーマシンである。


以上を元に簡単な立坑櫓の分類をしたい。


・R型櫓

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三菱美唄竪坑(下風坑・上風坑)

R型
大まかなR型櫓の図

R型櫓は立坑櫓の基本の形であり、ロープのかけ方と構造自体がRのような形をしている。日本の鉱山でも多用された形であり、派生型も数多く存在する。雪害などによるロープの凍結を防止する為に着脱可能な部材で覆われた「シールドR型」。ケーペ式による浅い深度の(-500mより浅い)立坑に使用する為に滑車(シーブ)を一つ余計に組み込んだ「ガイドR型」。シールドR型とガイドR型の混合種である「シールドガイドR型」。コンクリートなどの着脱不可能な部材で覆われた「閉鎖R型」。木造や初期鉄骨R型櫓に見られる台形櫓構造を有する「テントR型」。支持櫓が発達したR型櫓の進化版「新R型」などが存在する。

シールドR型の例は三井砂川未成第一竪坑櫓。(写真は撮影者意向により公開不可)

ガイドR型の例は三井鉱山山野砿業所の第一竪坑。
三井山野見学 - コピー
山野第一竪坑
三井山野見学
巻上機。ケーペプーリーの横にガイドシーブが確認できる。

シールドガイドR型の例は三井砂川第一竪坑・三井芦別北部(旧第一)竪坑。
DSCF3871.jpg
三井砂川第一竪坑。覆われた櫓とガイドシーブが確認できる。

閉鎖R型の例は貝島大ノ浦炭砿 新菅牟田坑 北・中央竪坑。
DSCF6285.jpg
設計図を撮影。構造はR型と同一であるが、コンクリートによって覆われている。

スクリーンショット (418)
外見(建設中)


新R型

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試験立坑の写真

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大まかな図


以上がR型の簡単な派生である。掲載している他にも幾つかの派生型が存在するが、割愛させて頂く。




・A型櫓

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北炭幌内炭鉱立坑櫓

A型
大まかな図面

A型櫓はR型を複合した形であり、A字型に櫓が形成されているのが分かる。A型櫓が使用された炭鉱は北炭幌内の他、三井三池炭鉱の有明立坑など。立坑の穴を掘る為だけに使用する仮櫓では三菱高島炭鉱の二子立坑・北炭夕張炭鉱の平和第三立坑などが仮櫓でのA型櫓使用になった。




・H型櫓

DSCF9023_20161109182234065.jpg
住友奔別炭鉱 中央立坑

H型
大まかなH型櫓の図

H型櫓には開放H型と閉鎖H型が存在し、開放H型が住友奔別中央立坑・住友赤平第一立坑・三井砂川中央立坑・三井芦別総合立坑・雄別茂尻立坑・三菱高島二子立坑・三井山野第二立坑・三井松島池島第一立坑などがそれに該当する。閉鎖H型が使用された炭鉱は確認できるもので1つ存在するが、その櫓は改良H型櫓であることから閉鎖改良H型と認識している。
H型はヘッドシーブとケーペプーリーにロープが接触する角度が他の櫓と比べても大きい為に運搬能力が向上し、深度1000m以下の立坑でも運搬が容易な形となっている。




・新H型櫓 (別名:特殊垂直H型櫓)

DSCF4981.jpg
北炭空知竪坑

スクリーンショット (312)
ヘッドシーブの写真

新H型は前述のH型櫓をコンパクトかつ廉価にしたもので、運搬能力はH型櫓と同等程度あったと言われている。新H型にも開放新H型と閉鎖新H型が存在し、開放新H型が常磐炭鉱の泉田第二立坑・西部立坑(現いわき市石炭博物館ほるる展示中)などがそれにあたり。閉鎖新H型が北炭空知竪坑・北炭真谷地立坑などである。
特徴としてはヘッドシーブがV型に変形し、ケーペプーリーがヘッドシーブの直下に存在することである。



以上がグランドマシンの分類である。次にタワーマシンについて述べたい。



・タワーマシン

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羽幌本坑運搬立坑

スクリーンショット (327)
大まかな図

タワーマシン、別名を「塔上ケーペ式(とうじょうけーぺしき)」「塔櫓捲式(とうやぐらまきしき)」とも称されるものであるが、前記のグランドマシンとは異なり巻上(動力)機が櫓の内部、立坑の穴の直上に存在するのが特徴である。日本国内でタワーマシンがあまり使用されなかった理由は幾つか存在し、まず地震大国でありながら塔の頂上に重量物であるケーペプーリーを設置することが安全面で問題になったこと。巻上機の交換に大規模な作業を必要とすること。地盤が強固なものでなければ建設が難しいことなどが挙げられる。国内の炭鉱で使用されたタワーマシンは三井四山第一竪坑・国鉄志免竪坑・三菱美唄第三立坑・中興福島新第一立坑・大正鉱業新中鶴立坑・羽幌本坑運搬立坑などである。



以上が運搬立坑の大まかな分類である。要するに運搬立坑にはタワーマシンとグランドマシンが存在し、タワーマシンは一つのみ。グランドマシンにはR型・A型・H型・新H型の其々が存在すると考えて頂ければ幸いである。裏を返せば、タワーマシン以外は全てグランドマシンであり。また外見が覆われているが故にタワーマシンであるというのは間違いであることがお分かりいただけるだろう。
次に運搬するエレベーターの箱について述べたい。炭鉱や鉱山で使用するエレベーターの箱には人員・炭車・機材類を運搬できる「ケージ」。予め地下で石炭を集積し、それらを箱に流し込み石炭のみを輸送する「スキップ」。またはその両方を兼ね備えた「スキップケージ」が存在する。


・ケージ
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住友赤平第一立坑の4段ケージ

ケージは人員運搬と炭車運搬が主であり、機材運搬は小型のものしか運ぶことが不可能な為に大型機材は専ら斜坑からの搬入、搬出となった。ケージは1段デッキから4段デッキまで存在し、1段ケージの場合は炭車2両を並列で。2段ケージの場合は1段1車×2両としていた場合が多く。住友奔別中央立坑や住友赤平第一立坑は4段×1両の4両で運搬を行っていた。また、炭車運搬が行われる立坑では地上と地下に炭車操車線を設置する必要があり、例え4段のケージを搭載していても炭車を降ろすことができる操車線が1つしか存在しないことから1両ずつ降ろすために上下させる。これをデッキチェンジという。

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写真は住友赤平第一立坑のデッキチェンジについて述べられたもの。3回のデッキチェンジを行う。

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住友赤平第一立坑のヤード(操作場)

このように例え4段デッキであっても、線路が敷かれた操作場は1面しか存在しない。その為にケージを3回上げ下げを行わなければならない。その為に石炭を運ぶのであれば後述のスキップによるものが能率としては1.3~1.5倍高い。



・スキップ

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新菅牟田坑より

スキップは前述の通り、石炭を地下に集めてからシューターでエレベーターの箱に流し込むシステムである。坑口(地上)には専用のシューターが設置され、選炭場までベルトコンベヤーで運ばれるようにしている炭鉱や鉱山が多かった。スキップは流し込む際に石炭や鉱石の破砕が発生する為に、塊を重視する炭鉱では賞用されなかった。



・スキップケージ

スクリーンショット (311)
写真は北炭真谷地炭鉱 桂第二立坑に納入されたもの

スキップケージはスキップとケージがハーフで搭載されたもの。炭車による運搬は行わず、石炭はスキップのみ運搬とし。ケージ部分は人員と機材搬入用として使用される事が多かった。



以上がエレベーターの箱にあたる、運搬設備についてである。炭鉱業界では晩年に至るまで「ケージ」か「スキップ」かの議論が交わされ、今日まで結論は出されていない。しかし、それぞれ炭鉱の石炭の質によって結論が待たれる事から、スキップが良いかケージが良いか、スキップケージが良いかは各炭鉱の技術者たちの裁量に任され、頭を悩まされたという。





そして最後に多索式について述べたい。
多索式(たさくしき)とは立坑の運搬設備、ケーペ式で問題になるロープの本数である。運搬設備と運搬設備を繋ぐロープはメインロープと呼び、その本数を調節することが可能である。その為、国内では基本敵に「一本索(いっぽんさく)」が使用されたが、一部の立坑櫓では「二本索(にほんさく)」が採用された場所がある。二本索が導入された立坑櫓は住友奔別中央立坑・住友赤平第一立坑・三井砂川中央立坑・三井芦別総合立坑・雄別茂尻立坑・三菱高島二子立坑などが該当し、タワーマシンでは中興福島新第一立坑以降に建設された羽幌本坑運搬立坑などのタワーマシンで主に採用された。

DSCF2489.jpg
羽幌本坑運搬立坑のケーペプーリー(二本索)。メインロープ用の溝が2つあるのが分かる。

茂尻立坑 ヘッドシーブ
雄別茂尻立坑のヘッドシーブ(二本索)

このように多索式の場合はメインロープの本数に応じてヘッドシーブが2基ないし数基が並列に搭載されている。住友奔別中央立坑を下から眺めた際にもヘッドシーブが横並びで2基搭載されているのが分かることから一本索と二本索(多索式)の区別は容易に判断できる。多索式が導入された初の立坑が住友奔別中央立坑であり、奔別は将来的に地下-1000m以下まで立坑を降ろすことが目的とされていた為に建設段階より多索式を導入して運搬物の重量に耐えられるように設計された。




以上が立坑櫓の分類に関する基本知識である。立坑櫓は炭鉱の深度、通気状態、石炭の質、運搬人員数、将来の坑道骨格など様々な情報が加味され造られる巨大エレベーターである。炭鉱や鉱山一つとて全てが同じ立坑櫓は存在せず、また設計や建設に際して様々な図面が書き下ろされた。そして何よりも自分のヤマに造られる立坑をどのようにするか勉強する為に各炭鉱や鉱山の職員の中に必ず一人は「山元側の設計者」が存在したはずなのである。時には国内の立坑櫓を見てまわり勉強し、時には外国の立坑櫓を勉強し、各電機会社と綿密な打ち合わせをして計画や機材の適性を議論した者が居るのである。中には立坑櫓すら知らずにいきなり工作・開発課へ回ったもの。自分の双肩に炭鉱数千人の生活がかかっていると寝る間も惜しんで勉強した者。各電機会社から渡された立坑櫓の仕様書を眺めて無理な計画を見抜き、設計図を突き返した者。調べれば調べる程に炭鉱と人々の暮らしを守る為に奮闘した設計者たちの苦悩が見て取れる。
「立坑櫓を見れば、炭鉱が分かる。」 ある場所で取材中に出会った元施設課職員の爺さんはそう言った。間違いなく事実であり、立坑櫓のシステムやメンテナンス、機材を見れば本当に炭鉱がよく分かる。日本に残された立坑櫓は半数、いや1/10以下になってしまった。取り壊し予定の立坑櫓、保存が決まった立坑櫓。絶賛議論中の立坑櫓。その境遇はそれぞれだろうと思う。しかし、炭鉱や鉱山の深部化に際し、このままでは閉山すると焦り奔走した技術者たちの汗と涙の結晶とも呼べる立坑櫓を易々と解体して良いものだろうか。今一度私たちは立ち止まり、その櫓の持つ意味を再認識することが求められている。そんな時代に私たちは生きている。
私の耳にも日々、不安を掻き立てる噂が流れてくる。中でも北海道三笠市に存在する旧住友石炭砿業の奔別中央立坑の解体だけは待ってほしい。あの立坑こそ、炭鉱業界の深部化に対抗した日本初の複式H型、二本索ケーペ式、スキップとケージの4列複式設備という新時代を築き上げたモデルプラントなのだから。

なお、これらを纏めたものが富士電機論文にも掲載されている。


最近の立坑運搬設備の発展と傾向について


上記HPより確認すると簡単な櫓の形状と付帯設備の効力について触れられているので、もし私の説明で満足できない場合は上記HPを参考にして頂ければ幸いである。
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